英語史研究会第23回大会発表要旨

LAEME に見る動詞の強弱移行 山�ｱ隆博（中央大学大学院） 　強変化動詞が弱変化動詞へと移行した現象に関しては、主に「どの強変化動詞が弱化したのか」「なぜ弱化したのか」という視点から研究が成されてきた。本研究では、未だ成されていない方法による強弱移行の過程説明を試みる。 　強弱移行に関して疑いようの無い事実は、13世紀ごろ、つまり初期中英語期に増加し始めた、ということである。しかし、初期中英語に的を絞った通時的かつ方言的研究は存在しない。そこで、初期中英語形態論に関する最新ツールである LAEME (A Linguistic Atlas of Early Middle English) を使用し強弱移行の状況を概観した。結果として、動詞の強弱移行も、中英語の文法変化では一般的な「北から始まり南下する」という傾向に当てはまるということを、データをもって実証した。 PRIDEの領域における語彙 中山寛隆（東京大学大学院） 　感情の一種であるPRIDEには、現代英語において「傲慢」という否定的側面と「誇り」という肯定的側面の両面がある。この感情に対する言語表現に関した研究は、Kövecses (1986)などに代表される。しかしながら、いち概念としてのPRIDEを表す類義語研究や、そこに通時的視点を加えた研究はあまりなされていない。ではこの両義性にはどのようにして至ったのだろうか。本研究では、PRIDEを表す語彙群におけるメタファー、肯定／否定の二極、時代ごとの生産性などを検証した上で、両義性に関しても考察を加えたい。分析の際には、Historical Thesaurus of the Oxford English Dictionary (2009)を使用し、分析の中心に02.02.28の項目に該当する各品詞の語彙群を据え、そこから派生する形で関連する項目の語彙群にも触れていく。 1539 Taverner, transl. It is not one swalowe that bryngeth in somer [< Una hirundo non facit ver] の "somer" の意味 和田章（山口大学名誉教授） 　OE期 lencten, sumor, hærfest, and winter の存在により四季制が行われていることがわかるものの、ゲルマン語本来の1年の季節を sumor and winter の2つに区別する二季制の名残とも言える季節語の用法がMEはもとより、Early ModE の16世紀前半に至っても見られる。表題の "somer" が「（春を含む）暖季の半年」を意味し winter の「寒季の半年」に対していると解釈すれば Latin ver (= spring) の訳語として妥当であることがわかる。 Shakespeareにおける the which ―歴史社会言語学的視点から 菊地翔太（東京大学大学院） 　Shakespeare の時代には、関係詞 which の異形として存在した the which の使用はかなり衰退していたと考えられている。中英語期から近代英語期に書かれた書簡を調査したRaumolin-Brunberg (2000) や Nevalainen and Raumolin-Brunberg (2003) などの歴史社会言語学の研究は、この二つの形態の選択には、書き手の性別・階級・年齢といった社会的要因が関係していることを示唆している。そこで本発表では、Shakespeare の戯曲における the which の使用を歴史社会言語学的視点から調査する。具体的には、Shakespeare による使用法を概観した後に、the which を使用する劇中の登場人物の社会言語学的背景に焦点を当て、性差や階級差が観察されるかどうかを探る。その際、戯曲のジャンルや文体の違いなどの要因も視野に入れたい。 18世紀後半の英語散文の言語的特徴： S. Johnson の散文を中心に 水野和穂（広島修道大学） 　18世紀の英語散文に関して、“… the concept of a uniform ‘period’ of prose extending from 1700 to 1800 is an illusion” (Gordon 1966)、 あるいは“For better or worse, it was not possible in 1790 to write as Defoe and Swift had written in 1710” (McIntosh 1998) のように、世紀の前半と後半の散文には相違が指摘されている。発表では、まず18世紀の代表的な文筆家の散文を材料として、世紀の前半と後半では言語的にどのような相違があるのかを指摘する。続いて、18世紀後半の代表的な文筆家であり、標準英語の確立に多大な影響を及ぼした S. Johnson の散文を取り上げ、18世紀後半の英語の具体的な特徴を探るとともに、可能な限り英語散文の変化の要因についても考察してみたいと思う。 （講演）　『狐物語』の写本と刊本 原野昇（広島大学名誉教授） 　「あらゆる校訂本には一つの立場が想定される」（Pierre=Yves Badel）、「校訂本は校訂者によってあらかじめ判断を下された選択にその基礎を置いている」（Félix Lecoy）。別の言い方をすれば、校訂者がその校訂方針を明確にしている限り、どのような校訂本でも文学的、言語学的研究の資料として利用が可能である、ということになる。しかし現実にはそう簡単にいかない場合が多い。言語の歴史研究にあたり利用せざるを得ないことも多い刊本について、『狐物語』を例に校訂の問題を再検討してみたい。

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