英語史研究会第2回大会研究発表レジュメ集(発表順)

 

浦田和幸(東京外国語大学助教授)

「英語史と語法研究:The New Fowler's Modern English Usage をめぐって」

 H. W. Fowler の A Dictionary of Modern English Usage (1926) は、E. Gowersによる小改訂 (1965) を経て、長らくイギリスの権威ある語法指南書として親しまれてきた。R. Burchfield による今回の版 (1996) は従来の「ファウラー色」を一掃した大改訂であり、初版当時からの語法の変遷や言語観の移り変わりに関わる記述が随所に見られる。OED の Supplement の編集主幹を務め、かつ中世英語研究者でもある Burchfield の経歴から予想されるように、豊富なデータと史的パースペクティブが今回の版の大きな特徴であり、語法の現状と歴史が客観的に描かれている。過去のFowler's とは違った意味で、Burchfield の MEU も新しい時代の権威になるのではないかと思われる。小論では、主に本書から具体例を取り上げて、語法の変遷について考察してみたい。

 

許斐慧二(九州工業大学教授)

「 'seem (to be) NP' 構文における 'to be' 出没の歴史」

 動詞seemが後ろに名詞句をとる場合、'John seems to be a spy.'のように、 'to be' を伴うのが一般的であるが、'John seems a fool.'のように、 'to be' を伴わないこともある。前者については特に問題はないが、後者(以下、「seem+NP」構文と呼ぶ)については、イギリス英語では可能であるが、アメリカ英語では許容されないという主張や、アメリカ英語でも可能であるという指摘がなされている。また、一般に、この構文は主観的判断を表わし、その補助部に生じる名詞句には一定の制限があると考えられているようである。

 本発表では、Brown、LOBコーパスを初め幾つかの英米語コーパスを用いて、この構文の現代英語における実態を観察する。さらに、この構文の出現状況を16世紀にまでさかのぼって調査し、その歴史的発展のあとをたどりたいと思う。

 

壬生正博(福井高専助教授)

「St. Patrick's Purgatoryにおける異界要素について」

 Robert Eastingの近年の著作Visions of the Other World in Middle English (Cambridge: D.S.Brewer,1997)は、7作品の夢文学 (vision literature) を扱った異界研究文献書誌である。この内、St Patrick's Purgatoryに関連するテキストは、同じくEasting編纂によるEETS 298 (Oxford: Oxford UP, 1991)が既に出版されている。このEETS版には、12世紀後半に広まった騎士Oweinに関する物語が4編ほど納められているが、発表はこの中から14世紀初頭の翻訳といわれるAuchinleck Versionをとりあげる。

 発表の手順として、作品のパラダイス描写に焦点を絞り、Earthly ParadiseとHeavenly Paradiseの区分を示し、更にその構成要素を内部状態、門、宝石類、樹木、河などに分類・提示した後、その中で特に使用頻度の高い ioie(s)「至福」の特質について考察を試みる。

 

野仲響子(九州情報大学講師)

「19世紀アメリカ英語における 'A long letter was sent him' 型構文」

 'give'のように直接目的語、間接目的語の2つの目的語をとる、いわゆる授与動詞には3つの受け身文が考えられる。例えば、

(1) She sent him a long letter

の受け身文は次のようになる。

(2) a. He was sent a long letter.
    b. A long letter was sent to him.
    c. A long letter was sent him.

このうち (2)c に関しては、これをアメリカ英語の特徴とする意見と、逆にアメリカ英語では不自然とする意見がある。

 本発表では、19世紀のアメリカにおけるこの構文の使用状況を調査し、現代と比較しながら、歴史的にはどちらの意見が言語の実態に近いのかを明らかにしたいと思う。

 

飯田一郎(西南女学院短期大学助教授)

「英語における仏語借用語の現代仏語への回帰について―ビジネス英語を中心に」

 現代フランス語に借用された英語を調べてみると、本来フランス語源の語が里帰りしたものが見られる。中英語期に、フランス語から英語に借用されたフランス語がアングロ・サクソン文化の洗礼を受けた後に、フランスに再移入されているのである。これらの再移入語にはビジネス関連の語彙が多数を占めている。例えば、officeは中世フランス語で「聖務」を意味していたが、英語に借用され数世紀後に英国では「執務室」、「事務所」という意味を獲得し、近代に異文化の語彙を付加された仏語語源の英語officeがフランスに逆移入されている。

 本発表では、現代フランス語におけるフランス語語源のビジネス英語借用語をとりあげ、その回帰現象と特徴を述べてみたいと思う。