英語史研究会第14回大会研究発表要旨集

 

 

18世紀英語における現在時制3人称単数形動詞活用語尾 -(e)th vs. -(e)s

原口行雄(熊本学園大学)

現在時制3人称単数の動詞活用語尾 -(e)th と -(e)s との競合関係については、18世紀になると、-(e)th 形は使用頻度が低下し、逆に -(e)s 形がその使用頻度を増し、18世紀末までには -(e)s 形にほぼ統一されるようになると言われている。この説を確認した結果を発表する。

90以上の18世紀のテキストをコーパスとし、9つのテキストタイプ(伝記類、劇、エッセー、散文フィクション、ジャーナル、報告書、手紙類、文法書、公式文書、詩)に分類して、各テキストタイプでの動詞活用語尾の競合関係を調査した。その結果、すべてのテキストタイプで -(e)s 形の使用頻度は90パーセントを超えていることが判明した。従って、確かに世紀末までには、-(e)th 形は消滅状態に近づき、-(e)s 形が標準形の位置を占めるようになっている。なお、dothdoeshathhas に関しては、動詞用法と助動詞用法とを区別して調査に当たった。

-(e)th 形と -(e)s 形の両方を使っている著者は全体の3分の1程度であるが、両形を使用する場合、著者の意図は何かまで出来る限り検討する。

 

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ラテン語からの翻訳を通して見た -ing form について ― Wycliffite Bible を中心に ―

吉田雅之(早稲田大学)

ラテン語からの翻訳作品は OE 期から ME 期まで多数あるが、- ing form の変遷を見るためには ME 期の作品が有効である。今回の発表では ME 後期に書かれた Wycliffite Bible を主なテキストとして使用し、現在分詞および動名詞をどう翻訳しているかを概観したい。その際、この聖書が大きく2つの version (数年程度の差で刊行された初期訳と後期訳)に分かれていること、および scribe による差異がひとつの写本の中にすら見られることを出来る範囲で考慮し、比較する。具体的には、<-ing> と <-inge>、<-ende> などの差異がテキストの中でどう分布しているかをみてゆく。<-ing> と <-inge> の区別は A Linguistic Atlas of Late Medieval English にも見られるため、写字生の中には現在分詞と動名詞を翻訳する際、何らかの区別をしていた可能性がある。

  

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<シンポジウム>

日本における英語史教育 ― 問題と課題

司会・講師  兵庫教育大学     谷 明信

     講師  広島大学         中尾佳行

     講師  国際基督教大学    守屋靖代

     講師  京都大学         家入葉子

     講師  神戸大学        石川慎一郎

                       (発表順)

 

以前は「英語史」は必修科目であったが、徐々に選択必修科目、大学によっては選択科目になっており、英語関連の学部のカリキュラムの中でも周辺的な科目となりつつある。同時に、英語史を専攻する学生の数も継続的に減少している。このままでは、科目としての「英語史」の存続はもちろん、研究分野としての「英語史」の存続も危うくなる可能性が高い。

本シンポジウムでは、このような問題意識のもと、英語史教育の問題とそれを克服するための課題を、各講師の英語史教育の経験をもとに、お話しして頂く。更に、それに続くフロアの方々との質疑応答と議論を通して、問題意識を共有することにより、これからの英語史教育改善の一助となることを目指したい。

まず、谷講師が海外の論文により、海外での英語史教育の取り組みを概観することで、日本での英語史教育の問題と課題を考えるヒントがないかを考察する。次に、中尾、守屋、家入の各講師には、勤務している教育機関の特性を考慮に入れて、英語史教育の問題と課題を論じていただく。中尾講師は教育学部、守屋講師は教養学部、家入講師は文学部であるので、実際の授業での力点の置き方などが異なるのではないかと考える。また、石川講師には、英語史から少し離れた立場から、英語史が現代英語や文学の研究に貢献しうる可能性について論じていただく。

なお、本シンポジウムのタイトルを「日本における」と限定した理由は、教育システムの問題を考慮に入れ、localization が必要だと感じたためである。

 

海外の英語史教育の概観 ― 日本での英語史教育へのヒント

谷 明信 (兵庫教育大学)

海外では1990年代の前半から英語史教育に関するシンポが行われ、その種の論文が存在する。本研究ではこれらの論文の中でも、Buck (2003) などを参考に次のような点を考えたい。

  1. 受講者の種類と何に重点を置いて教えるのか

  2. 教材の問題

  3. 学会と教育組織(大学)の問題

  4. 英語史と中世および現代英語の関係

さらに、世界的にもまれに英語史が盛んなヘルシンキ大学での英語史教育を Rissanen (no date) により、その実践を見てゆきたい。

 

教育学部学生のための英語史 ― 言語の「発達」から学習の「発達」へ

中尾佳行 (広島大学)

英語の多義性の問題は、第二言語学習者にとって、大きな困難点である。個々別々に意味を丸覚えするのでは、時間もかかるし、また定着も悪い。反面、意味と意味の繋がりが見えてくると、理解し易いし、またより深く理解でき、記憶に残り易い。学習者が多義性の生成プロセス(基本義、派生・発展の方法)を理解することは、避けては通れない問題である。

ここで注目したいのが、英語の歴史的発達と子供の大人への認識の発達にはパラレルな面があることである。多義性がいかに起こったかを歴史的な観察を通して理解することは、学習者の知的好奇心を高め、応用力や論理的な思考を育成し、ひいては彼らの言語認識の発達を促すものである。

teacher の立場は、Leech (1994) が言うように、'Janus-like' で、academic の方向にもまた learner の方向にも動く必要がある。teacher は言語体系上の穴を埋めていくと同時に、他方では学習段階に則して、教授項目を選択し、序列化しないといけない。多義性の背後にある原理・原則は、いくつかの意味が出揃った段階では、教授可能であるし、また学習者にとって学習効果の期待できるものである。

多義性の歴史を学習者の認知の発達に関連付けて扱い、英語史を単に静的な知識とするのではなく、学習者の語彙力を身に着けるための一つの学習方略として捉えたい。様々な意味や語法のある形式や語に特にこの方略は効果的である。本発表では、法助動詞や前置詞に具体例を取りながら、英語史と英語学習の接点を捉えてみたい。

 

教養学部での英語史 ― 国際基督教大学の場合

守屋靖代(国際基督教大学)

ICU は、教養学部1学部制をとっており、人文科学科、社会科学科、理学科、語学科、教育学科、国際関係学科の6学科が文系、理系の枠を超えて統合されている。学際的研究が奨励され、各10週からなる春、秋、冬の3学科制により学期ごとに履修計画をたてることになっている。英語史は、語学科英語学の専門科目であるが、履修する学生の学科、学年、母語はさまざまであり、興味や関心、必修か選択か、教職に必要かなどの条件も異なる。この発表では、英語史T(毎年秋学期)、英語史U(毎年冬学期)で用いるシラバス、教材、ワークシート、試験問題、レポートの課題、授業評価結果、履修後の卒論との関連について報告し、今の英語学の動向を考慮し、国際語としての英語を視野に入れながら、リベラル・アーツの枠組みで、英語の歴史を概観し変化の要因を探る授業をどのように進めているかを説明する。教職につかずとも卒業後は何らかの形で英語と関わる学生が多いので、ルールにあてはまらないものは全て例外、と片付けるのではなく、背後にある歴史的要因やその理由について資料を探る方法と、人間の行動や思考についての洞察力を修得させるよう努めている。

 

英語史教育と英語史研究 ― 英語史を取り巻く環境の変化と今後の方向性

家入葉子(京都大学)

近年では、文学部において英語史を授業として取り上げることが少なくなってきた。そこで、本発表ではあえて文学部という枠組みにこだわりながら、英語史教育の現状と課題を検討することにする。前半では、文学部における英語史教育の全般を取り上げ、後半では、研究者養成を英語史教育の延長としてどのように考えていくべきかを論じてみたい。具体的には以下の点を考察する。

 1) 文学部という環境が英語史教育にとって有利に働く点と不利に働く点

 2) 近年のコーパス言語学や文法化研究なども踏まえて英語史研究のあり方が変化してきたこと

 3) 英語史の教科書の問題

 4) 英語史教育と研究者養成をどのように結び付けていくか

英語史教育というと、一般には英語史の授業をどのように組み立てるか、あるいはそれに関わる周辺的な問題を扱う場合が多いが、4)までも含めて広義の解釈をしてもよいのではないかと考える。学生の立場からすると、英語史の教科書を使って授業を受けることと、英語史で論文を書くことの間にギャップがありすぎる。このため、英語史を専門にしようという気持ちの障害となっている場合も多く、この点は今後の英語史を取り巻く環境とも関わってくると思われるからである。

 

現代英語および英文学研究における英語史的視点の必要性

石川慎一郎(神戸大学)

現代の英語や英文学を専攻する研究者にとって、英語史はしばしば縁遠い存在である。しかし、言語事象を歴史的・時系列的に観察する姿勢は、幅広い分野の研究に有効なものである。

たとえば、一口に現代英語と言っても、語彙・語法の一部は非常に速い速度で変化しており、それらの研究においては、一定の時間的幅をもったデータを見ることが必要となる。さらに、当該の言語現象が英語の発展史の中でどのような変遷をたどってきたかを併せて考えれば、現代英語の研究にもより深い洞察が得られるものと思われる。

また、現代作家の文体を分析するような場合においても、そこに顕著に見られる語彙、文法、連語などが、特定作家に帰属されるべき特徴であるのか、あるいはより大きな時代に帰属する特徴であるのか、客観的に見極める視点がなければ文体研究も表面的なものに終わる可能性が高い。

このように、言語を時系列的に観察しようとする英語史の視点は、現代英語の研究にももっと取り入れられてしかるべきものである。今後の英語史教育においては、その幅広い応用可能性を伝えるため、「応用英語史」(Applied Philology)といった視点が重要になるのではないだろうか。